青春クラブ・自治会については過去ブログに何回か掲載した記憶がある。青春クラブ設立10数年が経った今、当初の思いを忘れていないか、記憶が薄れていないか、我が老後はどうだったのか、自治会との関わりも含め我が脳内を検索しながら文章化しブログに備忘録として残しておこうと思い立った。気になっていることも書き留めておけば、引継時の参考になるかもと思った。
以下は、自分のための回想録メモです。老人クラブ関係者や自治会関係者であれば共通することがあるかもわかりませんが、そうでない方は読み飛ばしされることをおすすめします。
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・・・きっかけは自治会集会・・・
青春クラブ設立のきっかけは、自治会集会だった。
2012年(平成24年)4月、新役員による新年度初めての自治会集会で、『老人クラブが解散した。復活してほしい』との意見が出た。新年度の区長は自分だった。自分は定年になってまだ数年、年齢的にも高齢者ではなかったし、老人クラブに入るつもりもなかったので老人クラブのことは何も知らなかった。その場は「老人クラブ解散の事情がわからないので」と預からせてもらった。
・・・旧老人クラブの解散理由・・・
解散した事情を聞こうと旧老人クラブの役員宅を訪ねた。
旧役員の話:『車の運転が危うくなってきたので、何人かに後継を頼んだが断られた。数年前からは前の区長にも対策を頼んでいたが動いてくれなかったので解散せざるを得なかった。管内で老人クラブが解散したのは我が地区だけ。地区として情けない』。
帰り際、『何とか、お願いします』と深々と頭を下げられた。
・・・老人クラブ特別委員会設置・・・
自治会内に、三役(区長・副区長・会計)も入った『老人会問題特別委員会』を設置し、議論してもらった。
検討してもらった結果、『老人クラブは自主的加入の組織。自治会からは区民に強制できない。区民集会で状況を説明し協力をお願いするしかない』が、結論となった。
区民集会を開催し、老人クラブ解散の事情や特別委員会の検討結果を説明し、協力をお願いした。
が、何カ月待っても協力者が現れなかった。
・・・クラブ設立に向けて・・・
旧役員から聞いた『管内で老人クラブが解散したのは我が地区だけという言葉』と、『長老格の旧役員から頭を下げられてお願いされたこと』の2つが頭から離れなかった。
何とかしなきゃと思い始めた。
区長としてではなく、一区民として駆けずり回った。目星をつけて回った9人全員が賛同してくれた。最年少だった自分も含めて10人が発起人となって、従来の慣行を見直し新クラブの名称も決め、会則も作った。
クラブ発足にあたり、会長・副会長は発起人の中から足を運んで頼み込んだ。他の発起人には会合で幹事役をお願いした。クラブ設立の行きがかり上、自分は会計(兼事務局)をせざるを得なかった。
翌2013年(平成25年)3月、自治会集会で報告し区民承認の『青春クラブ』が誕生した。
・・・クラブの特徴① 名称・ルール・・・
発足に当たって、「老人クラブ」というイメージが悪いとの意見が多かったため、サミエルウルマンの詩から引用し、「青春クラブ」と名づけた。
※『青春とは人生の或る期間を言うのではなく、心の様相をいうのだ』 『希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる』(宮澤次郎著・「青春」より抜粋引用)
旧老人クラブは、亡くなった会員の葬儀に関わったり、遺族から寄付を貰ったりしていたが、新クラブは会員の冠婚葬祭に関知せず、また個人からの寄付も受け取らないことにした。さらに、活動にかかる費用は、自分が楽しむのだからと飲食代も含め全て参加者実費負担とするなど、過去の慣行を一新した。
発起人会の初会合に先立って、内諾してくれていた会長と事前相談していたとおりで決まった。
・・・クラブの特徴② 地区組織を兼ねた老人クラブ・・・
老人福祉法に該当する老人クラブだけではなく、「地区住民の交流の場・憩いの場」としての役割も担おうと地区住民であれば誰でも入会できる地区組織にも位置づけた。
そのため会則では60歳以上を正会員、60歳未満を准会員とし、役員は正会員から選ぶことにしたが、それ以外は正・准会員全て同等とした。
・・・クラブの特徴③ サークル活動・・・
全会員対象の活動以外に、趣味や好みに応じて自由に参加できる「サークル」を用意した。サークル毎の責任者も決めた。5人以上の希望者があれば新しいサークルを設置できるようにした。
現在、全会員対象の室内スポーツ大会や清掃活動以外に、「カーリンコン、グランドゴルフ、輪投げ、健康体操、カラオケ、お酒をたしなむ会」の7つのサークルが活動している。今年度からは「卓球サークル」もスタートさせるつもりだったが、自分の入院・療養もあって先送りとなった。設立時には、写真・旅行・将棋・料理・温泉・茶話会などのサークルもあった。
郡内でどこも活動していなかった「カーリンコン」は、『ご縁』からだった。仕事時代の知人と久しぶりに電話でお互いの近況を話していた時に初めて知ったスポーツだった。知人が県カーリンコン協会の責任者だったこともあって、協会の協力を得て「カーリンコンサークル」ができた。
今、会員からは『カーリンコンは自分が試合するときだけでなく他チームが試合するときでも皆でワイワイできて楽しい上に、天候に関係になく冷暖房の効いた室内でできるのもいい』と、クラブで最も人気が高いサークルとなっている。
設立当時は会員数が町補助金の算定基礎となっていたこともあって、60歳になった区民に「名前だけでも入って」と役員が勧誘に回っていた地区が殆どだった。会長と相談し、我がクラブは「補助金をもらうための会員勧誘はやめとこう」と決めた。名簿だけの勧誘をしなかったにもかかわらず、設立時には小集落ながらも約50人もの区民が入会してくれた。いつも自治会集会で集まる人数よりも多かった。
数年前、従来のクラブ均等配分・会員数配分だった町補助金の制度が大きく変更され、活動内容に応じて補助される制度に変わった。
このため、予算申請時に書類審査があり、さらに決算時にはレシートなど内訳のわかる領収明細の添付が義務付けられ、適正な使い方かどうか使途・金額内訳が厳格に審査されるようになった。また、余った補助金は翌年度に返還することになった。
補助金ルールが変わったため、支出時には補助金適用有無によって支払いを一緒にするか、別々にするかの判断が必要となったり、上限金額を超えないように買い物をしたりと神経を使うことが必要となった。決算時には新たな書類提出も必要となった。年寄りには厄介すぎるが、公金だから厳格にするのは止むを得ないと思っている。
昔から自治会傘下の各種団体(青年団・子ども会・消防団・婦人会・スポーツ愛好会・青春クラブ)には自治会から助成金が交付されてきた。使途は自由なので飲食費に使う団体が多いようだが、我がクラブでは町補助金が適用されない景品代(参加者全員対象@300円程度)に充てている。
設立時から『自分が楽しむのだから活動にかかる経費は全て自己負担』という方針は変えていないので、カラオケ店利用の「カラオケサークル」や飲食店利用の「お酒をたしなむ会」は、全額参加者が負担している。ただ町補助金で備品代と飲料代(お茶・スポーツドリンク)、区助成金で景品代を賄うようにしているので参加者が実費負担しなくていいサークルも多い。町補助金と区助成金のおかげで、会則にある年会費は今のところ徴収していない。
・・・記念講演・・・
発足時には会員の知人だった元智辯和歌山野球部・高嶋監督(当時は現役)が、手弁当で記念講演してくれた。地区の公民館で開催した記念講演では、会員だけでなく地区住民・少年野球関係者にも開放した。華々しい発足だった。
司会進行を任され、講師紹介のために高嶋監督の経歴や人柄などを調べた記憶が残っている。その時に頂いたサイン入り色紙は、今も大切に飾っている。
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・・・気になっていること① 会員の高齢化・会員の減少・・・
発足時の会員平均年齢は65歳だったが、10数年経った今、会員の平均年齢が75歳になった。会員の最低年齢も65歳を超えた。定年延長がすすんだこともあるが、クラブに魅力を感じない区民が増えている可能性もある。
亡くなられたり介護施設に入られたりの会員が増えたことに加えて、1年間1回も活動に参加しなかった会員は本人から申し出がない限り自動退会とし翌年度名簿から削除していることもあって、今では会員数も30人ほどに減ってしまった。新規入会者が少ないこともある。
今の世の中はお金さえあれば何でも楽しめる時代。一人で気楽に楽しむ方がいい・昔からの友人と楽しむ方がいい・気の合った人とだけ楽しむ方がいい・近所づきあいはかなわんなど、いろんな声もある。余生をどう生きるかは、人それぞれ。
会員の高齢化・会員数の減少は世の中の移り変わりが影響していることもあるが、クラブとして問われていることもある。
気になっていること② 役立っている?・・・
クラブ設立の目的は、高齢者の生きがいや健康維持のためだけではなく、地域の「人と人の交流」のお役にも立つことだった。自治会集会で集まるのは世帯代表者だけ。縁あって同じ地域に住みながら、区民が「交流する場」「ともに楽しむ場」がなく、限られた人同士でしか会話や繋がりが少なくなった状況を踏まえてのことだった。
他地区の老人クラブからは管内で最もいろんな活動をしているクラブと評されてはいるが、会員の平均年齢が75歳となり会員数も減少した今、設立目的からすれば大きく後退したことは間違いない。世の中が移り変わっていく中、どう向き合うかが問われている。
・・・気になっていること③ 若返り・・・
役員が若年高齢者でないと、新たなニーズに応じた企画やフレッシュな活動に取り組むことは期待できない。役員が若返らなきゃ会員層も若返らない。そう思っている。
クラブ設立10数年が経った今、自分もすでに後期高齢者。新たな挑戦や動き回ることが歳老いるごとに億劫になってきている。早く若い世代にバトンタッチしなきゃならないと思っている。
設立時から止むを得ず会計(兼事務局)を引き受け、今もお世話をさせてもらっている。老人クラブ連合会の会合やイベントは会長が出席してくれるし、サークル活動はサークル責任者が運営してくれているが、クラブ全体の計画・予算・会計・会員管理、総会や全体活動の段取りや運営、サークル活動に必要な買い物、自治会との連携、町提出の書類作成などの一切は自分に任されている。
自分で手が回らなくなったこともあって、数年前から事務局メンバーに若年高齢者の2人に入ってもらっているので引き継ぐ段取りはできているものの、バトンタッチの話を持ち出すたびに『大変な役目だし・・・』と色よい返事がもらえていない。2人とも、定年後はミカン栽培で忙しいという事情もある。
田舎では定年になってもフリーになる人は少なく、殆どが祖先から引き継いだ農園を維持する役割を担うことになる。自分のように早くから兼業をあきらめミカン山を廃園にする人ばかりではない。都会とは違う事情がある。
それでも、この夏場に自分が入院・療養したこともあって、今も2人が快く代行してくれている。地区内の事情に精通し、WordやExcelも使いこなせる会員でないとバトンタッチはしにくいだけに、適任者は限られる。役割分担の見直しが必要かも知れない。
管内にある地区老人クラブ数は、ここ数年で解散が相次ぎ半数ほどになった。補助金利用が厳しく制限され、しかも報告書類の作成も厄介なことから「役員のなり手」がなく解散していると聞く。
その点、我が地区の青春クラブは強固。発足時から「自治会区長退任後は青春クラブの幹事にお迎えする」という流れを作り大半が入会してくれているので、会員には区長経験者も多く役員後継者不足で解散したりという心配はない。
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※※※ 異例だった自治会の区長選挙 ※※※
自治会区長だったことが解散した老人クラブ問題に関わることになり、最終的には一区民として青春クラブ設立に走り回ることになった。区長でなかったら老人クラブ問題とは関わっていなかった。その区長に決まったこと自体が異例だった。
投票による区長選挙は2月にあった。
我が地区は、他地区と違って区長再任が習わしだった。事前情報でも再任の流れだった。選挙当日、自分はお寺の総代として檀家の寺費を徴収していたため自治会集会に参加できなかった。ただ、選挙の投票用紙をお寺に持ってきてくれたので投票だけはした。まだ集会は終わっていないようだったが、大金を預かっていたので公民館にもよらず自宅に戻った。
その夜、自宅に区長・副区長がやってきて、自分に向かって『○○さん、選挙で区長に決まった』と。
「エッ 何で・・・ 再任したんと違うんか」と聞き返した。2人とも、なぜか黙ったまま神妙な面持ちで首を横に振るだけだった。選挙で決まったと言われれば、言葉の返しようがなかった。
翌日、知った。
集会で区長選挙の投票用紙が配られたとき、突然、区長が『選挙で決まっても、区長は、ようせん(しない)』と発言したらしい。横にいた副区長も『自分も、ようせん』と。区長は区民の投票で決めることになっている。その直前に投票を混乱させるような発言をするなんて・・・
集まった区民もその発言に驚き戸惑ったらしい。しばらくして、あちらこちらでヒソヒソ話が始まり、投票の結果、自分に決まったとのことだった。
新年度の4月、初集会があった。初集会は事前に出欠確認し参加者には「寿司折」を配ることもあってか、ほぼ全戸が参加する。その初集会の区長就任挨拶で言った。
「皆、自分がお寺の総代で忙しいのを知ってくれているのに・・・ いくら予想外の事態だったとしても、本人不在をいいことに投票するなんて・・・。皆さんが自分のような選ばれ方で区長に決まったとしたら、どう思う?」と問いかけた。会場がシーンとなった。
一言、石を投げさせてもらった後、「前年、委員もしていないので自治会の状況がよくわかりません。皆さんに迷惑をかけたり無理をお願いするかもわかりません。ご協力のほど、お願いします」と。
そういう経緯があったので、いろんな行事に際し遠慮なく区民に協力要請できたし、協力もしてくれた。秋祭りの神楽が当たった時は区民総出で手助けしてくれた。
・・・区長任期中に取り組んだこと・・・
任期中、何としてでも変えなきゃと立ち上がったことがあった。前任の区長が数年、前々任の区長が20数年という再任が当たり前だった我が地区だけの異例な習わしを見直さなきゃ、自分も今後5年・10年も区長をやる羽目になる。それはかなわんと、「役員選任に関する特別委員会」を設置して検討し、『区長は1年任期で再任しない』 『新区長が戸惑うことなく、しかも自治会運営の継続性が保てるよう前年度の副区長が翌年度の区長となる』 『次期副区長は委員会で選任し総集会で承認する』などを骨子とした役員選任ルールをとりまとめ、区民集会で承認してもらった。
これで区長再任がなくなった。その夜、家で1人乾杯したことを覚えている。これで来年からは、始めたばかりの家庭園芸の時間も増えるし大好きな旅行にいつでも行けると安堵していた。その時は青春クラブ設立で走り回るなんて考えてもいなかった時期だった。まして翌年度から青春クラブの世話役を引き受けざるを得なくなるとは思ってもみなかった。
任期中には、区長再任を免れるためだった「役員改選ルール策定」、道義心にかられ「1区民として走り回った青春クラブの設立」だけでなく、区民からの要請で知った何年も放置されてきた「ゴミ置き場の改修や当番表の作成」と「自主防災組織の立ち上げ」、自分がクジで引き当てた「秋祭りの神楽」という例年にはない数多くの役割まで担うことになった。
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※※※※※※ 我が老後 ※※※※※
定年後、荒れ果てた農地を整備しながらボツボツと果樹・野菜などの家庭園芸を始めた。時には国内旅行や海外旅行を楽しんだりのノンビリした老後がスタートした。そういう老後が続くはずだった。それが、定年になった数年後から今に至るまでの10数年、自治会区長から青春クラブの世話役へと渡り歩くことになり、家庭園芸そっちのけとなった時期が幾度ともなくあった。
もし、のんびりの老後が続いていたとしたら、果樹・野菜ともに多くの品種を栽培し今よりも充実した家庭園芸スタイルが定着していたかも知れない。ただ我が怠惰な性分が勝ってダラダラと過ごした日々が多かったことも間違いない。いずれにしろ、果樹・野菜が相手だけの日々が大半だったはず。
日々の優先順が変わり、大変な思いをすることが数えきれないほどたくさんあったものの、多くの人と接する機会が増え、皆とワイワイと楽しむこともたくさんあった。今夏の入院・療養中は、家に来てくれたり電話をくれたりメールをくれたりと多くの仲間が気遣ってくれた。家庭園芸中心の日々だったらあり得なかったこと。
振り返ってみれば、家庭園芸だけでなく、多くの仲間とふれあい楽しむ機会も多く、充実した老後生活が送れてきたのは間違いない。
☆☆☆ 感謝! ☆☆☆
この10数年、何かあるごとに目先のことに夢中になるばかりで全く気づかなかったが、今、振り返ってみれば、「思いもよらないこと」「偶然とは思えないこと」があり過ぎた。しかも厄介な難題と思えても、最後は思い通りにすすんだ。自分の努力以外の何かが働いたとしか思えないことがあり過ぎた。
自分は神様の存在を信じているものの、多くは困った時に神頼みする身勝手で半端な信仰者でしかない。常日頃からお祈りするのが真の信仰者。そんな自分なのに、『神様』は見放さなかった。そうとしか思えないことがあり過ぎた。
我が性格を知り尽くしている『神様』が、定年後もより充実した日々を歩ませるために導いてくれたとすれば何の不思議もない。偶然が重なった異例な区長選挙による区長就任は、その序章だったに違いない。その後の一連のことも、全て神様が導いてくれたに違いない。これまでも確率的にあり得ないような奇跡を体験したことがあるので驚きはない。
今になって気づいた。心から感謝することを忘れている。